※本記事は投資助言を行うものではなく、参考情報としてご利用ください。
Masakiです。
暗号資産(仮想通貨)の世界に少しでも足を踏み入れたことがある方なら、コインベース(Coinbase)という名前を一度は耳にしたことがあるでしょう。
しかし、「コインベースって具体的にどんな会社なの?」。
「アメリカの会社みたいだけど、日本でのサービスはどうなっているの?」。
「ナスダックに上場している株(COIN)は、投資対象としてどうなんだろう?」。
「コインベースのアプリやウォレットの使い方が知りたい」。
このような疑問や悩みを抱えている方は少なくありません。
特に、2023年に日本での取引サービスを停止したことで、その実態や今後の動向について、さらに多くの関心が寄せられています。
この記事では、そうした皆様のあらゆる疑問に答えるべく、世界最大級の暗号資産金融プラットフォームであるコインベースの全貌を、専門家集団の知見を結集して徹底的に解剖します。
この記事を最後までお読みいただくことで、以下のことが網羅的に理解できます。
- コインベースの創業から現在に至るまでの歴史と、その根底にある企業理念。
- 取引手数料だけに依存しない、多角的なビジネスモデルと収益構造の詳細。
- 日本市場への参入から事業停止に至った背景と、その教訓。
- 初心者から上級者まで、CoinbaseアプリとCoinbase Walletの具体的な使い方と、注意すべき点。
- 同社が描くWeb3の未来像と、その中核をなすBaseチェーンやCoinbase Venturesの戦略。
この記事は、単なる情報の羅列ではありません。
点在する事実を繋ぎ合わせ、その背景にある文脈や戦略を読み解き、皆様がコインベースという企業を深く理解し、投資やサービス利用の判断を下すための「確かな羅針盤」となることを目指しています。
それでは、暗号資産経済圏の巨人が描く壮大な物語の扉を開きましょう。
第1章:コインベース(Coinbase)の全貌:世界最大級の暗号資産金融プラットフォームとは?
コインベースは、単なる暗号資産取引所という枠には収まらない、巨大な金融テクノロジー企業です。
その本質を理解するためには、まず彼らが何を目指し、どのような道のりを歩んできたのかを知る必要があります。
この章では、コインベースの基本的な会社概要から、その設立の経緯、創業者たちのビジョン、そして企業活動の根幹をなすミッションまでを深く掘り下げていきます。
コインベースはどんな会社?その核心に迫る
コインベース・グローバル(Coinbase Global Inc.)は、暗号資産(仮想通貨)のためのエンドツーエンドの金融インフラとテクノロジーを提供する金融テクノロジー企業であり、その事業会社であるCoinbase, Inc.などを傘下に持つ持株会社です。
その事業内容は、顧客が暗号資産に関与するためのプラットフォームと、ブロックチェーン上で経済活動が行われる「オンチェーン経済」に不可欠なインフラを提供することにあります。
多くの人がコインベースを「ビットコインなどを売買する取引所」と認識していますが、それは同社の事業の一側面に過ぎません。
彼ら自身は、自らを単なる取引所ではなく「クリプトエコノミー(暗号経済)のインフラ企業」と位置づけています。
これは、暗号資産の売買(取引)だけでなく、その安全な保管(カストディ)、資産運用(ステーキング)、決済手段としての利用(ペイメント)、そして新たなWeb3サービスが生まれる土壌(開発者プラットフォーム)まで、暗号資産経済圏におけるあらゆる活動を支え、そこから収益を生み出すという壮大なビジョンを持っていることの表れです。
この「インフラ」という視点は、後に詳述する同社の多角的な事業展開や、イーサリアムのレイヤー2ブロックチェーン「Base」を開発する戦略を理解する上で、極めて重要な基盤となります。
創業からナスダック上場までの軌跡
コインベースの物語は、暗号資産の黎明期であった2012年6月、アメリカ・サンフランシスコで始まります。
共同創業者は、ブライアン・アームストロング(Brian Armstrong)氏とフレッド・エアサム(Fred Ehrsam)氏の2人です。
アームストロング氏は当時、世界的な民泊サービスであるAirbnbのエンジニアでした。
彼は、海外、特に南米へ送金する際の既存金融システムの手数料の高さや手続きの煩雑さに問題意識を抱いており、その解決策としてビットコインの可能性にいち早く着目しました。
この原体験が、コインベースの創業へと繋がっていきます。
創業後、彼らはシリコンバレーの著名なスタートアップ育成機関であるYコンビネーターのプログラムに参加し、初期の資金を調達しました。
特筆すべきは、コインベースが2012年の創業当初から、ビットコインやその他の暗号資産を自社の資産(バランスシート)として保有する方針を貫いていることです。
これは、自らが提供するサービスの価値を深く信じ、クリプトエコノミーの成長と自社の成長を一体と捉える、強いコミットメントの表れと言えるでしょう。
その後、コインベースは順調に成長を続け、暗号資産市場の拡大と共に業界のトップベンチャーへと駆け上がりました。
そして、2021年4月14日、暗号資産取引所としては世界で初めて、米国ナスダック市場への直接上場(ダイレクトリスティング)という歴史的なマイルストーンを達成します。
この上場は、暗号資産という新しいアセットクラスが、伝統的な金融市場に認知された象徴的な出来事として、業界内外に大きなインパクトを与えました。
ここで注目すべきは、コインベースが一般的なIPO(新規株式公開)ではなく、「直接上場」という手法を選択した点です。
IPOでは、引受証券会社が価格設定や株式の配分に大きく関与しますが、直接上場は既存の株主が直接株式を市場に売却する方法であり、より市場原理に基づいたオープンなプロセスです。
これは、伝統的な金融機関による中央集権的なプロセスを避け、仲介者をなくすことを目指すWeb3や暗号資産の思想と深く共鳴する選択でした。
つまり、この上場方法の選択自体が、コインベースの企業哲学を体現する一つのメッセージだったのです。
創業者ブライアン・アームストロングとフレッド・エアサムのビジョン
コインベースの強さは、その創業チームの構成にも見て取れます。
CEOのブライアン・アームストロング氏は元Airbnbのエンジニアであり、テクノロジーとプロダクト開発に深い知見を持っています。
一方、共同創業者のフレッド・エアサム氏は、大手投資銀行ゴールドマン・サックスで為替ディーラーを経験した金融のプロフェッショナルです。
この「テクノロジー」と「金融」の融合こそが、創業初期からコインベースを競合他社と一線を画す存在たらしめてきた原動力です。
特にアームストロング氏のビジョンは、単に便利な金融ツールを作ることにとどまりません。
彼は、暗号資産が究極的には「自由と個人の主権」に関わる問題であると捉えています。
政府の財政政策や法定通貨の価値の希薄化(インフレ)に対するヘッジ手段として、また、個人が自身の資産を完全にコントロールするための手段として、暗号資産の重要性を説いています。
将来的にはビットコインが「新たな世界の準備通貨」となる可能性にまで言及しており、その思想は、時にリバタリアニズム(自由至上主義)的とも評されます。
この強力な思想こそが、後に詳述する米国証券取引委員会(SEC)との規制を巡る対立を辞さない姿勢や、中央集権的な取引所ビジネスに留まらず、分散型インフラである「Base」チェーンの開発に注力する動機となっているのです。
彼らは単に新しいビジネスを創造するだけでなく、金融システムのあり方そのものを根底から変革しようとしているのです。
「経済的自由を高める」というミッション
コインベースが公式に掲げるミッションは、「10億人以上の人々のために経済的自由を高める(to increase economic freedom for more than 1 billion people)」というものです。
このミッションは、単なるスローガンではなく、同社のあらゆる企業活動を方向づける「北極星」のような役割を果たしています。
2021年に日本でサービスを開始した際にも、このミッションは繰り返し強調されました。
このミッションは、具体的な事業戦略に一貫性を与えています。
製品開発:専門知識がない人でも簡単に暗号資産にアクセスできるよう、直感的なアプリやウォレットを開発する。
グローバル展開:国境を越えて誰もが金融サービスにアクセスできるよう、100カ国以上でサービスを展開する。
規制戦略:規制当局との対話や法廷闘争において、イノベーションの促進と個人の経済的自由を擁護するための論拠とする。
エコシステム投資:投資部門であるCoinbase Venturesを通じて、このミッションに合致するWeb3プロジェクトへ戦略的に投資し、エコシステム全体を育成する。
このように、一見すると抽象的なミッションが、製品開発から投資判断に至るまで、Coinbaseという企業の具体的な行動原理を形作っているのです。
第2章:コインベースの事業内容と収益モデルの徹底解剖
コインベースのビジネスモデルは、多くの人が想像する以上に多角的かつ戦略的に構築されています。
かつては暗号資産の取引手数料に大きく依存していましたが、市場の変動に左右されない安定的な収益源を確保するため、事業の多角化を急速に進めています。
この章では、コインベースがどのようにして収益を上げているのか、そのビジネスの全体像から各セグメントの詳細、そして財務状況までを徹底的に分析します。
多角化するビジネスの全体像
コインベースは、大きく分けて3つの顧客グループに対してサービスを提供しています。
1.個人投資家(Consumers):暗号資産の売買や投資、オンチェーンでの活動を求める一般ユーザー。
2.機関投資家(Institutions):ヘッジファンド、資産運用会社、銀行、事業会社など、プロの投資家や法人。
3.開発者(Developers):ブロックチェーン上で分散型アプリケーション(dApps)や新たなサービスを構築する起業家や技術者。
そして、これらの顧客に対して提供されるサービスは、主に「取引ビジネス」と「サブスクリプション&サービス」の2つの収益セグメントに分類されます。
この事業の多角化は、単なるリスク分散が目的ではありません。
暗号資産市場の成熟(機関投資家の本格参入やビットコイン現物ETFの承認)と、Web3エコシステムの拡大(DeFi、NFT、dAppsの普及)という、業界が直面する2つの巨大なトレンドに的確に対応するための戦略的な進化なのです。
機関投資家向けの高度なカストディ(保管)サービスや、開発者向けのBaseチェーンの提供は、まさにこれらの大きな潮流を具体的な収益機会へと転換するための重要な布石と言えます。
収益の柱:取引手数料ビジネス
現在でもコインベースの収益の大きな柱は、ユーザーが暗号資産を売買する際に発生する取引手数料です。
しかし、その収益全体に占める割合は、事業の多角化に伴い低下傾向にあります。
例えば、2024年第3四半期の決算を見ると、総取引収益は5億7,300万ドルで、その内訳は個人投資家向けが4億8,300万ドル、機関投資家向けが5,500万ドルとなっています。
この数字からも、個人投資家からの手数料が依然としてビジネスの根幹を支えていることがわかります。
この取引収益の最大の特徴は、ビットコインをはじめとする暗号資産市場の価格やボラティリティ(価格変動の大きさ)に極めて強く依存する点です。
市場が活況を呈し、価格が大きく変動する局面では、投資家の取引が活発化するため収益は急増します。
逆に、市場が停滞する「冬の時代」には取引量が減少し、収益も大幅に落ち込みます。
この不安定さこそが、コインベースが事業の多角化を急ぐ最大の理由です。
さらに、取引ビジネスは構造的な課題も抱えています。
一つは、競争激化による手数料の低下圧力(Fee Compression)です。
Robinhoodのような手数料無料を謳うフィンテック企業の台頭や、より安価な手数料で取引できるDEX(分散型取引所)の普及は、Coinbaseの収益性を脅かす存在です。
もう一つは、ビットコイン現物ETFの登場です。
投資家は、直接暗号資産を売買する代わりに、証券口座を通じてETFを取引できるようになり、これも取引所にとっては競合となり得ます。
こうした厳しい競争環境の中で、コインベースは「創業以来ハッキングによる大規模な資産流出がない」とされる高いセキュリティと、規制に準拠した信頼性の高いブランドイメージを武器に、その地位を維持しようとしています。
ユーザーが多少高い手数料を支払ってでも、安心と使いやすさを選ぶかどうかが、今後のこのビジネスの鍵を握っています。
安定収益源:サブスクリプション&サービス
市場の浮き沈みに左右されにくい、安定的で予測可能な収益源を構築するため、コインベースはサブスクリプション(定額課金)モデルと各種サービスの強化に全力を注いでいます。
これらは同社の未来を占う上で極めて重要な事業群です。
ステーキング(Staking)
ステーキングとは、プルーフ・オブ・ステーク(PoS)という仕組みを採用している暗号資産を保有し、ブロックチェーンネットワークの運営に参加することで、報酬を得る仕組みです。
個人でステーキングを行うには専門的な知識や設定が必要ですが、コインベースはユーザーから資産を預かり、そのプロセスを代行するサービスを提供しています。
ユーザーは手軽にステーキングに参加でき、コインベースはその報酬の一部を手数料として受け取ります。
2024年第3四半期のステーキング収益は1億5,500万ドルに達しました。
ただし、この収益はステーキング対象となるイーサリアム(ETH)やソラナ(SOL)などの資産価格に影響されるため、完全に市場から独立しているわけではありません。
カストディ(Custody)事業とETF
カストディとは、主に機関投資家を対象に、彼らが保有する巨額の暗号資産を安全に保管・管理するサービスです。
この事業は、2024年に米国でビットコイン現物ETFが承認されたことで、爆発的な成長機会を迎えました。
ETFを発行する資産運用会社は、その裏付けとなる大量のビットコインを安全に保管する必要があり、その「金庫番」として、規制に準拠し高いセキュリティを誇るコインベースのカストディサービスが選ばれたのです。
実際に、世界最大の資産運用会社であるブラックロックが発行する「iShares Bitcoin Trust(IBIT)」をはじめ、米国で承認された11のビットコイン現物ETFのうち8つで、コインベースがカストディアンを務めています。
これは、コインベースが単なる取引所ではなく、伝統的な金融機関からも信頼される「暗号資産インフラの担い手」としての地位を確立したことを明確に示しています。
ETFを通じて暗号資産市場に流入する莫大な資金の一部が、安定的かつ長期的なカストディ手数料としてコインベースにもたらされるこの構造は、同社の将来性にとって非常に大きなプラス材料です。
2024年第3四半期のカストディ事業収益は3,170万ドルでしたが、ETF市場の拡大に伴い、この数字は今後大きく成長することが期待されます。
ステーブルコインUSDC関連収益
コインベースは、決済テクノロジー企業であるCircle社と共同で、米ドルと1対1で価値が連動するステーブルコイン「USD Coin(USDC)」を発行しています。

このUSDC事業から得られる収益も、今やコインベースの重要な収益源の一つです。
主な収益は、USDCの価値を裏付けるために準備されている米ドル資産(準備金)を、米国債などの安全な資産で運用することによって得られる金利収入です。
2024年第3四半期の収益は2億4,700万ドルに達し、サブスクリプション&サービス収益の中で最大の割合を占めています。
しかし、この収益モデルには注意すべき点もあります。
収益額は、USDCの流通量(時価総額)と、米国の金利水準という2つの外部要因に大きく依存します。
もし、競合するステーブルコイン(例えばTether社のUSDT)にUSDCがシェアを奪われたり、将来的に米国の金利が低下する局面を迎えたりすれば、この収益源は大きく減少する可能性があります。
安定収益源と見なされがちですが、投資家はこの「隠れたリスク」を認識しておく必要があります。
Coinbase One
Coinbase Oneは、月額固定料金(米国では約30ドル)を支払うことで、様々な特典を受けられるサブスクリプションプランです。
主な特典には、取引手数料の無料化、ステーキング報酬の増額、優先的なカスタマーサポートなどがあります。
このビジネスモデルは、eコマース大手Amazonの「Amazon Prime」によく似ています。
その戦略的な狙いは、個々の取引から手数料を得るのではなく、ユーザーをプラットフォームに長期間留まらせる(ロックインする)ことで、顧客生涯価値(LTV)を最大化することにあります。
取引手数料を無料にすることでユーザーの取引を促し、ステーキングや将来提供されるであろう新たなサービス(例えばBaseチェーン上のdApps利用など)へと誘導する。
短期的には収益が減少する可能性があったとしても、長期的にはCoinbaseエコシステム全体の活性化に繋がり、結果として企業価値を高めるという戦略的な投資なのです。
2024年第3四半期には、契約者数が過去最高を記録するなど、この戦略は着実に実を結びつつあります。
財務分析:業績推移と決算情報
コインベースの業績は、暗号資産市場の好況・不況のサイクルと極めて強く連動してきました。
市場が熱狂した2021年には巨額の利益を計上しましたが、市場が冷え込んだ2022年、2023年は赤字や微益に留まりました。
そして、ビットコイン現物ETFの承認などで市場が再び活況を呈した2024年には、大幅な黒字回復を遂げています。
このダイナミックな業績の変動は、同社への投資がハイリスク・ハイリターンであることを如実に物語っています。
以下に、近年の通期業績と四半期ごとの決算ハイライトをまとめた表を示します。
決算期 | 売上高 (百万米ドル) | 営業利益 (百万米ドル) | 最終利益 (百万米ドル) | 修正1株益 (米ドル) |
2021.12 | 7,839 | 3,076 | 3,624 | 16.48 |
2022.12 | 3,194 | -2,710 | -2,624 | -11.81 |
2023.12 | 3,108 | -161 | 94 | 0.37 |
2024.12 (会社予想) | 6,564 | 2,307 | 2,577 | 9.43 |
この通期業績推移表からは、暗号資産市場のサイクルとコインベースの業績がいかに密接に連動しているかが一目瞭然です。
2022年の大幅な赤字転落と、2024年の劇的な黒字回復は、同社を取り巻く事業環境の変動の大きさを象徴しています。
決算期 | 売上高 (百万米ドル) | 取引収益 (百万米ドル) | サブスクリプション&サービス収益 (百万米ドル) | 最終利益 (百万米ドル) | 発表日 |
2023.12 | 953 | 529 | 375 | 273 | 2024-02-15 |
2024.03 | 1,637 | 935 | 652 | 1,176 | 2024-05-02 |
2024.06 (予想) | 1,449 | データなし | データなし | 36 | 2024-08-01 |
2024.09 (予想) | 1,205 | データなし | データなし | 75 | 2024-10-30 |
四半期ごとのデータを見ると、取引収益への依存度が徐々に低下し、サブスクリプション&サービス収益の割合が増加していく傾向が見て取れます。
これは、同社が事業構造の転換を着実に進めている証拠であり、投資家がその戦略の進捗を評価する上で重要な指標となります。
決算は通常、四半期ごと(3ヶ月ごと)に発表されます。
2024年第3四半期(7月~9月期)の決算は2024年10月30日に、第4四半期(10月~12月期)の決算は2025年2月13日に発表される予定です。
第3章:コインベースの日本市場における軌跡:参入から事業停止までの全記録
コインベースのグローバル戦略において、日本市場はその重要性から大きな注目を集めましたが、その道のりは平坦なものではありませんでした。
華々しいデビューから、わずか1年半での事業停止という決断に至るまで、その軌跡を追うことは、日本市場の特殊性とグローバル企業の戦略を理解する上で多くの示唆を与えてくれます。
「黒船」来航:日本市場への華々しいデビュー
コインベースが日本市場への進出計画を最初に発表したのは、暗号資産市場が冬の時代にあった2018年のことでした。
その後、準備期間を経て、2021年8月19日に満を持して日本でのサービスを正式に開始しました。
この参入が大きな話題を呼んだ最大の理由は、日本最大の金融グループである三菱UFJ銀行(MUFG)との提携でした。
世界最大級の暗号資産取引所が、日本のメガバンクと手を組んで上陸するというニュースは、まさに「黒船来航」として、日本の金融業界および暗号資産業界に大きな期待と衝撃をもって受け止められました。
サービス開始当初から、三菱UFJ銀行の口座から簡単な手続きで日本円を入金できる「クイック入金」機能を提供するなど、信頼性と利便性を前面に打ち出した戦略で、日本のユーザーにアピールしました。

日本法人(Coinbase株式会社)の概要と当時の社長
日本での事業展開を担ったのは、日本法人である「Coinbase株式会社」です。
オフィスは日本の金融の中心地である東京都千代田区大手町に構え、金融庁から暗号資産交換業者としての登録(登録番号:関東財務局長 第00028号)も正式に受けていました。
日本で提供されていたサービスと取り扱い銘柄
大きな期待と共にスタートしたコインベースの日本事業ですが、提供されるサービス内容は限定的なものでした。
サービス開始当初の取り扱い暗号資産は、ビットコイン(BTC)、イーサリアム(ETH)、ライトコイン(LTC)、ビットコインキャッシュ(BCH)、ステラルーメン(XLM)という、主要な5銘柄のみでした。
その後、チェーンリンク(LINK)やエンジンコイン(ENJ)などを追加し、最終的には11種類まで拡大しましたが、当時すでに国内の他の取引所では数十種類の銘柄が取引可能であり、このラインナップは物足りないという印象を多くのユーザーに与えました。
さらに、米国で提供されていた、より低い手数料で高度な取引が可能な上級者向けプラットフォーム「Coinbase Pro」や、少額の資金で大きな取引ができる「レバレッジ取引」は、日本では提供されませんでした。
このサービス内容の限定が、結果的にユーザー獲得の大きな足かせとなった可能性は否定できません。
日本の暗号資産投資家、特にアクティブなトレーダー層は、豊富な銘柄数と低コストな取引所形式での取引に慣れています。

グローバルでの知名度やブランド力だけでは、彼らを既存の国内取引所から引き剥がすには至らなかったのです。
なぜ撤退?日本事業停止の背景と理由の分析
華々しいデビューからわずか1年半後の2023年1月18日、コインベースは日本での事業を全面的に見直し、既存顧客との取引を停止するという、事実上の市場撤退を正式に発表しました。
公式に発表された撤退の理由は、一貫して「市場環境の変化(market conditions)」という言葉で説明されています。
しかし、その背景にはより複雑な要因が絡み合っていました。
直接的な引き金となったのは、2022年11月の暗号資産取引所FTXの破綻に端を発する、世界的な暗号資産市場の急激な冷え込み、いわゆる「冬の時代」の到来です。
この市場の低迷を受け、コインベース本社はグローバル規模での大規模な人員削減を含む、抜本的なコストカットを断行しました。
日本事業の停止は、この世界的なリストラクチャリングの一環として決定されたのです。
当時、同じくグローバルな暗号資産取引所であるKraken(クラーケン)も、同様の理由で日本市場からの撤退を発表しており、これはコインベースだけの問題ではありませんでした。
しかし、なぜ数ある国の中から日本が撤退の対象となったのでしょうか。
そこには、日本市場が抱える特殊な事情がありました。
1.高い規制コスト:
日本の暗号資産交換業に対する規制は世界的に見ても厳格であり、コンプライアンスを維持するためのコストが高い。
2.激しい国内競争と低い収益性:
すでに多数の国内取引所がシェアを争っており、後発のコインベースが十分なユーザーベースと収益を確保することが困難だった。
日本法人は本社にとって「コストセンター(収益を生まない部門)」と見なされていた可能性があります。
3.暗号資産の普及の遅れ:
日本の経済規模に比して、暗号資産の一般的な普及(Adoption)が欧米諸国に比べて遅れているという指摘もあります。
これらの要因を総合すると、コインベースの日本撤退は、「グローバル戦略における優先順位付け」の結果であったと結論付けられます。
経営資源が限られる中で、コストが高く収益性の低い日本市場よりも、規制の明確化が進む欧州や、より成長が見込める他の地域へリソースを集中させるという、グローバル企業としての合理的かつ冷徹な経営判断だったのです。
顧客資産の取り扱いと当時の対応
事業停止の発表に伴い、コインベースは顧客資産の保護を最優先に対応を進めました。
2023年2月16日を最終出金期限とし、それまでに全ての顧客に対して法定通貨(日本円)および暗号資産の出金を要請しました。
期限日以降、口座に残された暗号資産は強制的に日本円に換金され、その資金は法務局に供託されるという措置が取られました。
このプロセスにおいて、顧客の資産は会社の資産とは明確に分けて管理(分別管理)されており、出金手続きは滞りなく行われました。
これは、日本の厳格な顧客資産保護規制が有効に機能した証左であり、FTX破綻時に多くの海外ユーザーが資産凍結の憂き目に遭ったのとは対照的な結果となりました。
第4章:Coinbaseの主要サービス徹底ガイド
コインベースは日本での取引サービスを停止しましたが、同社が提供するグローバルなサービス、特に「Coinbase Wallet」は、日本人であっても利用することが可能です。
この章では、コインベースが展開する主要なプロダクト、特にアプリとウォレットの違いや使い方、そしてトラブルシューティングまでを詳しく解説します。
Coinbaseアプリ:グローバル版の機能と使い方
一般的に「Coinbase」と呼ばれるのは、同社が提供する中央集権型の暗号資産取引所サービスであり、その窓口となるのが「Coinbaseアプリ」です。
このアプリは、主に以下のような機能を備えています。
暗号資産の売買:銀行口座やクレジットカードを連携させ、ビットコインやイーサリアムなどの暗号資産を売買する。
ポートフォリオ管理:保有している資産の価値やその推移をリアルタイムで確認する。
送金・受信:他のウォレットや取引所との間で暗号資産を送ったり受け取ったりする。
価格チャートの確認:各暗号資産の価格動向をチャートで分析する。
Coinbase Earn:特定の暗号資産について学ぶことで、報酬としてその暗号資産を無料で受け取れるプログラム。
このアプリの最大の特徴は、利用者の秘密鍵をコインベース側が管理する「ホステッドウォレット(またはカストディアルウォレット)」である点です。
これにより、ユーザーは複雑な秘密鍵の管理から解放され、一般的なネット銀行や証券会社のアプリと同じような感覚で手軽に利用できます。
セキュリティもコインベース側が担保するため、初心者にとっては安心感が高いと言えるでしょう。
ただし、現在、日本からの新規口座開設や取引は停止されています。
Coinbase Walletとは?:自己管理型ウォレットの決定版
Coinbaseアプリとは全く異なるプロダクトとして、「Coinbase Wallet」が存在します。
これは、ユーザー自身が秘密鍵(リカバリーフレーズ)を管理する「自己管理型ウォレット(またはノンカストディアルウォレット)」です。
Coinbaseの取引所アカウントを持っている必要はなく、誰でも無料でダウンロードして利用することができます。
このウォレットの主な役割は、分散型Web、すなわちWeb3の世界へのゲートウェイ(入り口)となることです。
Coinbase Walletを使えば、以下のようなことが可能になります。
DeFi(分散型金融)へのアクセス:
UniswapなどのDEX(分散型取引所)でトークンを交換したり、Aaveなどのレンディングプロトコルで資産を貸し出して利息を得たりする。

NFTの管理・売買:
OpenSeaなどのNFTマーケットプレイスに接続し、NFTを売買・保管する。
dApps(分散型アプリ)の利用:
ブロックチェーン上で動作する様々なゲームやサービスを利用する。
Coinbase Walletは、イーサリアムだけでなく、Coinbaseが開発したBaseチェーン、Solana、Polygon、Avalancheなど、多数のブロックチェーンに対応した「マルチチェーンウォレット」であり、これ一つで幅広いWeb3エコシステムを探索することが可能です。
CoinbaseアプリとCoinbase Walletの比較
多くの初心者が混同しがちな「Coinbaseアプリ」と「Coinbase Wallet」の違いを、以下の表にまとめました。
ご自身の目的に合ったツールを選ぶための参考にしてください。
項目 | Coinbaseアプリ(取引所) | Coinbase Wallet(自己管理型ウォレット) |
主な目的 | 暗号資産の売買(法定通貨との交換) | dApps/DeFi/NFTの利用、資産の自己管理 |
秘密鍵の管理 | Coinbase(取引所)が管理 | ユーザー自身が管理(自己責任) |
対応サービス | 暗号資産の現物取引、ステーキング(一部) | DeFi、NFT、ブロックチェーンゲームなど全てのdApps |
セキュリティ | 取引所側の強固なセキュリティに依存 | ユーザー自身のリカバリーフレーズ管理能力に依存 |
対象ユーザー | 暗号資産投資の初心者、法定通貨で売買したい人 | Web3サービスを積極的に利用したい中~上級者 |
最も重要な違いは「秘密鍵の管理者が誰か」という点です。
Coinbaseアプリは利便性と引き換えに資産の最終的なコントロールを取引所に委ねますが、Coinbase Walletは完全な自己主権と引き換えに、管理の全責任をユーザー自身が負います。
この違いを理解することが、安全に暗号資産を扱うための第一歩です。
ウォレットの作成とセットアップ方法
Coinbase Walletを始めるための手順は非常にシンプルです。
1.アプリのダウンロード:
お使いのスマートフォンのApp StoreまたはGoogle Play Storeから「Coinbase Wallet」を検索し、ダウンロードします。
2.ウォレットの新規作成:
アプリを起動し、「ウォレットを新規作成」をタップします。
3.ユーザー名の設定:
他のユーザーがあなたに暗号資産を送る際に使用できる、公開されるユーザー名を設定します。これは後からでも設定可能です。
4.リカバリーフレーズのバックアップ(最重要):
12個の英単語からなる「リカバリーフレーズ(またはシードフレーズ)」が表示されます。
これは、あなたのウォレットを復元するための唯一の鍵です。
この12個の単語を、必ず紙に書き写し、誰にも見られない安全な場所に保管してください。

スクリーンショットやクラウドストレージでの保管は、ハッキングのリスクがあるため絶対に避けるべきです。このフレーズを紛失すると、二度と資産にアクセスできなくなります。コインベース社も復元することはできません。
5.バックアップの確認:
アプリの指示に従い、書き留めたリカバリーフレーズが正しいかを確認します。
これでセットアップは完了です。
あなたはWeb3の世界への扉を開きました。
入出金・スワップ・NFT管理の基本操作
Coinbase Walletの基本的な操作は以下の通りです。
暗号資産の受け取り(Receive):
アプリのホーム画面で「受け取る」をタップし、受け取りたい暗号資産(例:ETH on Base)を選択すると、あなたのウォレットアドレスとQRコードが表示されます。
これを送金元に伝えることで、資産を受け取ることができます。
暗号資産の送信(Send):
「送信」をタップし、送金先のアドレス、資産の種類、数量を入力して送信します。
送金には、各ブロックチェーン所定のネットワーク手数料(ガス代)がかかります。
スワップ(Swap/Trade):
ウォレット内で、ある暗号資産を別の暗号資産に交換する機能です。
「交換」タブから、交換したいトークンペアと数量を選ぶだけで、DEXを介して自動的に取引が実行されます。
dAppsブラウザの利用:
アプリ下部にあるブラウザアイコンをタップすると、dApps専用のブラウザが開きます。
ここからOpenSeaやUniswapなどのWeb3サービスにアクセスし、ウォレットを接続して利用します。
評判とレビュー:利用者の声から見るメリット・デメリット
Coinbase Walletは世界中で多くのユーザーに利用されており、その評判は様々です。
ポジティブな評価としては、「直感的に操作しやすく、初心者でも使いやすい」「大手Coinbaseが提供している安心感がある」といった声が多く見られます。
強固なセキュリティ対策や、スムーズなアプリの動作も評価されています。
一方で、ネガティブな評判も存在します。
「ある日突然、出金や取引ができなくなった」という報告(数日後に解決したケースもあるようです)や、より深刻な問題として「詐欺に利用された」という声が散見されます。
特に注意すべきは、SNS(InstagramやLINEなど)で知り合った人物から投資話を持ちかけられ、「このアプリを使って指示通りに操作してください」と誘導される手口です。
これは、自己管理型ウォレットの仕組みを悪用した典型的な詐欺であり、Coinbase Wallet自体に問題があるわけではありません。
ユーザーは、誰かの指示で安易に資産を送金したり、知らないdAppsにウォレットを接続したりすることの危険性を十分に認識する必要があります。
利便性の裏側にある「自己責任」の原則を忘れてはなりません。
Coinbase Commerce:事業者向け決済ソリューション
Coinbase Commerceは、オンラインストアなどの事業者が、自身のウェブサイトで簡単に暗号資産決済を導入できるようにするB2B(企業向け)サービスです。
このサービスを利用することで、事業者は世界中からの支払いを、低い手数料(通常1%)、チャージバック(不正利用による返金要求)のリスクなし、そして即時決済で受け取ることが可能になります。
これは、コインベースが暗号資産のユースケースを、投機や投資だけでなく、実社会における「決済」へと拡大していくための重要な戦略的プロダクトです。
トラブルシューティング
ここでは、Coinbaseのサービスを利用する上で遭遇しがちな問題とその対処法を解説します。
ログインできない場合の対処法
Coinbaseの取引所アカウントにログインできない場合、以下の原因が考えられます。
メールアドレスまたはパスワードの間違い:
最も一般的な原因です。大文字と小文字、記号などを正確に入力しているか確認しましょう。
パスワードを忘れた場合は、ログイン画面の「パスワードをお忘れですか?」から再設定手続きを行えます。
2段階認証の問題:
認証アプリ(Google Authenticatorなど)に表示されるコードが正しくない、またはSMS認証コードが届かないといったケースです。
スマートフォンの時刻設定がずれていると認証コードが合わなくなることがあるため、時刻の自動設定を確認してください。
アカウントのロック:
パスワードの入力を複数回間違えると、セキュリティのためにアカウントが一時的にロックされることがあります。
時間をおいて再度試すか、パスワードリセットを行う必要があります。
アカウントの停止:
利用規約違反などが疑われる場合、アカウントが停止されることがあります。
この場合は、カスタマーサポートに連絡して状況を確認する必要があります。
出金できない場合の確認事項
資産の出金ができない場合、慌てずに以下の点を確認してください。
ネットワークの選択ミス:
暗号資産を送金する際に最も多い失敗例です。
例えば、イーサリアム(ETH)をBaseネットワークで送るべきところを、誤ってEthereumメインネットで送ろうとするなど、送金先と送金元で指定するブロックチェーンネットワークが異なっていると、資産は失われる可能性があります。
必ず送金先が指定する正しいネットワークを選択してください。
手数料(ガス代)の不足:
ブロックチェーン上で取引を確定させるためには、ネットワーク手数料(ガス代)が必要です。
ウォレット内のガス代用通貨(イーサリアム系ならETH)が不足していると、送金は実行できません。
出金制限(過去の日本での事例):
過去の日本でのサービスでは、クイック入金を利用した場合、その金額に相当する資産の移動が7日間制限されるというルールがありました。
同様の制限が他のサービスで適用されていないか確認が必要です。
詐欺サイトへの誘導:
出金手続きと称して、偽のウェブサイトに誘導し、リカバリーフレーズや秘密鍵を入力させようとする詐欺が存在します。
出金できないトラブルを解決するために、安易に外部の助けを求めたり、リンクをクリックしたりしないようにしましょう。
アカウントの削除方法
Coinbaseのアカウント削除は、取引所アカウントとWalletアカウントで意味合いが大きく異なるため、注意が必要です。
Coinbase取引所アカウントの削除:
ウェブサイトまたはアプリの設定画面から「アカウントを閉鎖」を選択することで手続きが可能です。
ただし、口座に残高が残っている場合は削除できません。
全ての資産を外部ウォレットに送金するか、売却して法定通貨として出金した上で、手続きを行う必要があります。
一度削除すると、取引履歴などへのアクセスもできなくなるため、必要な情報は事前にダウンロードしておきましょう。
Coinbase Walletアカウントの削除:
自己管理型ウォレットであるCoinbase Walletには、厳密な意味での「アカウント削除」という概念は存在しません。
ウォレットの実体はブロックチェーン上にあり、そのアクセス権がリカバリーフレーズによって担保されているだけです。
したがって、ウォレットを使わなくするためには、
①アプリをスマートフォンからアンインストールし、
②バックアップしたリカバリーフレーズの紙を物理的に破棄する、
という2つのステップが必要です。
これにより、あなたを含め、誰もそのウォレットにアクセスできなくなります。
これが、自己管理型ウォレットにおける「アカウント削除」に相当します。
迷惑メールへの対策
Coinbaseの知名度を悪用し、公式を装ったフィッシングメールや詐欺メールが多数報告されています。
「お客様のアカウントに異常なログインがありました」「セキュリティを強化するために、以下のリンクから認証してください」といった内容でユーザーの不安を煽り、偽サイトに誘導してパスワードやリカバリーフレーズを盗み取ろうとします。
このような迷惑メールへの対策は以下の通りです。
メール内のリンクは絶対にクリックしない:
これが鉄則です。常に公式サイトをブックマークしておくか、検索エンジンから直接アクセスするようにしてください。
送信元のメールアドレスを確認する:一見公式に見えても、アドレスが微妙に違っている(例:coinnbase
など)ことが多々あります。
安易に添付ファイルを開かない:ウイルスが仕込まれている可能性があります。
パスワードの使い回しをしない:万が一、他のサービスでパスワードが漏洩した場合のリスクを低減します。
不審なメールを受け取った場合は、何もせずに削除するのが最も安全な対処法です。
第5章:コインベースが描く未来:BaseチェーンとWeb3エコシステム
コインベースが最も注力しているのは、ブロックチェーン技術を基盤とした次世代のインターネット「Web3」のエコシステムを構築することです。
その戦略の中核を担うのが、独自に開発したレイヤー2ブロックチェーン「Base」と、未来への投資を行う「Coinbase Ventures」です。
イーサリアムL2「Base」チェーンとは?
Baseは、コインベースが開発を主導する、イーサリアムの「レイヤー2(L2)スケーリングソリューション」です。
少し専門的になりますが、イーサリアムは世界で最も利用されているスマートコントラクト・プラットフォームである一方、取引の処理速度が遅く、手数料(ガス代)が高いという「スケーラビリティ問題」を抱えています。
L2は、この問題を解決するために、イーサリアム本体(レイヤー1)のセキュリティを活用しつつ、取引の大部分をオフチェーン(L1の外)で高速かつ安価に処理し、その結果だけをL1に記録する技術です。
Baseは、数あるL2技術の中でも、Optimismが開発した「OP Stack」というオープンソースの技術基盤を利用して構築されており、2023年8月9日に一般のユーザーや開発者に向けて正式に公開されました。
では、なぜ取引所であるコインベースが、自らブロックチェーンを開発するのでしょうか。
その戦略的な重要性は、以下の3点に集約されます。
オンチェーンへの「橋」:
コインベースが抱える1億人を超える巨大なユーザーベースを、従来の取引所サービスから、dAppsやDeFiが広がるオンチェーンの世界へとスムーズに導くための「橋渡し」の役割を担います。
エコシステム構築の「土台」:
開発者にとって使いやすく、低コストな環境を提供することで、Baseチェーン上に新たなアプリケーションやサービスを呼び込み、独自の経済圏を構築します。
新たな「収益源」:
Baseチェーン上の取引を処理する「シーケンサー」として、トランザクション手数料の一部を新たな収益源とすることができます。
つまりBaseは、コインベースが自社の最大の資産である「ユーザー」を、競争の激しい取引所事業から、将来の成長が見込まれるオンチェーンエコシステムへと誘導し、そこで新たなビジネスを展開するための最重要戦略プロジェクトなのです。
Baseチェーン上で成功するdApps事例
Baseチェーンは公開以来、急速に成長しており、その上で数々の成功事例が生まれています。
UniswapやAaveといった既存の大手DeFiプロトコルが対応しているほか、BaseネイティブのdAppsが大きな注目を集めています。
Aerodrome Financeのビジネスモデルと成功
Aerodrome Financeは、現在のBaseエコシステムにおける中心的なDEX(分散型取引所)および流動性ハブとして機能しています。
このプロトコルの成功の鍵は、「ve(3,3)」と呼ばれる巧みなトークノミクスにあります。
ユーザーは、AerodromeのガバナンストークンであるAEROをロック(預け入れ)することで、議決権を持つveAERO(NFT形式)を受け取ります。
そして、veAEROの保有者は、毎週どの流動性プールにAEROトークンの報酬を排出するかを投票で決定できます。
ここでユニークなのは、他のプロジェクトが自らのトークンの流動性を高めたい場合、veAERO保有者に対して「賄賂(Bribe)」を支払い、自分たちのプールに投票してもらうよう促すことができる点です。
これにより、流動性を求めるプロジェクト、報酬を得たいveAERO保有者、そして取引手数料を得たい流動性提供者の三者にメリットが生まれるポジティブな循環(フライホイール効果)が生まれました。
この巧みなインセンティブ設計が、Baseチェーン全体の流動性を短期間で爆発的に増加させる上で、極めて重要な役割を果たしたのです。
Friend.techの熱狂とソーシャルFiへの影響
Friend.techは、2023年の夏に突如として現れ、Web3業界に衝撃を与えた分散型ソーシャルアプリケーションです。
その仕組みは、個人のXアカウントに紐づいた「キー(Keys)」を発行し、ユーザーがそれを売買できるようにするというもの。
ある人物のキーを購入すると、その人物が運営するプライベートなチャットルームに参加できるという、クリエイターとファンの新しい関係性を提案しました。
キーの価格は、購入者が増えるほど自動的に上昇する「ボンディングカーブ」という仕組みで決定され、投機的な魅力も相まって、ローンチ直後から爆発的な人気を博しました。
この熱狂はBaseチェーンのトランザクション数を急増させ、その存在感を一気に高めました。
Friend.techの成功要因は、
①影響力をトークン化するという新しいマネタイズ手法、
②招待制による希少性とバイラル性の演出、
③CoinbaseとBaseエコシステムからの強力なバックアップ、
④Paradigmのようなトップクラスのベンチャーキャピタルからの投資
⑤キーの価格上昇や将来のエアドロップへの期待
といった、技術、マーケティング、人間心理が複合的に絡み合った結果です。
これは、Web3プロジェクトの成功が、必ずしも技術的な革新性だけでなく、巧みな仕掛けによってもたらされることを示す好例と言えるでしょう。
未来への投資:Coinbase Venturesの戦略
コインベースの未来を占うもう一つの重要なピースが、同社のベンチャーキャピタル(VC)部門である「Coinbase Ventures」です。
Coinbase Venturesは、同社のミッションである「経済的自由の拡大」を共有する、初期段階の暗号資産・Web3関連スタートアップに幅広く投資を行っています。
その投資先は500社以上にのぼり、ポートフォリオにはUniswap、Optimism、Starkware、OpenSea、EigenLayerなど、今日のWeb3業界を形作っていると言っても過言ではない、錚々たるプロジェクトが名を連ねています。
この投資活動は、単なる財務的なリターンを目的としたものではありません。
むしろ、将来の暗号資産エコシステムを形作るであろう有望な技術やサービスに早期から関与し、自社のプラットフォーム、特にBaseチェーンとの連携を深めることで、エコシステム全体を戦略的に構築していく狙いがあります。
注目する投資領域:Onchain AIとL3
近年、Coinbase Venturesが特に注目しているのが、「Onchain AI」と「L3」という2つの領域です。
Onchain AI:これは、暗号資産と人工知能(AI)の融合を指す概念です。将来的には、AIエージェント(自律的に判断・行動するAI)が、人間の介在なしにブロックチェーン上で経済活動を行う「Agentic Web」が到来すると予測されています。
AIエージェントがサービスやデータの対価として暗号資産を支払う、といった世界観です。Coinbase Venturesは、この未来を実現するための基盤技術やアプリケーションに積極的に投資しています。
L3(レイヤー3):これは、BaseのようなL2の上に、さらに特定のアプリケーション専用のブロックチェーンを構築する技術です。
例えば、特定のゲーム専用のL3や、特定のDeFiプロトコル専用のL3などが考えられます。
これにより、各アプリケーションは自らのニーズに合わせてブロックチェーンを最適化でき、さらなるスケーラビリティとカスタマイズ性を実現できます。
これらの投資テーマは、Baseチェーンの戦略と密接に連携しています。
L3はBaseのようなL2の上で動作し、Onchain AIエージェントは、安価で高速なトランザクションが可能なL2やL3をその活動の場とします。
第7章:規制との闘いと企業の信頼性
暗号資産業界のリーディングカンパニーであるコインベースにとって、規制当局との関係は常に経営上の最重要課題の一つです。
特に、米国証券取引委員会(SEC)との法廷闘争は、同社だけでなく業界全体の未来を左右する出来事として、大きな注目を集めました。
この章では、規制との闘いの歴史と、そこから見える企業の信頼性について考察します。
米国証券取引委員会(SEC)との訴訟の経緯
2023年6月、SECはコインベースに対して訴訟を提起しました。
その主な容疑は、コインベースが提供するサービスの一部が、米国の証券法に違反しているというものでした。
具体的には、以下の3点が問題とされました。
未登録の証券取引所の運営:
SECが「証券」と見なす複数の暗号資産の取引を仲介しており、証券取引所としての登録がない。
未登録のブローカー・清算機関の運営:
証券の取引を仲介するブローカー、および決済を処理する清算機関としての登録がない。
未登録証券の募集・販売:
ユーザーが資産を預けて報酬を得る「ステーキングプログラム」が、投資契約という一種の証券の募集・販売にあたる。
この訴訟の核心にあったのは、「どの暗号資産が、法的に『証券』に該当するのか」という、長年業界を悩ませてきた根源的な問題でした。
SECが勝利すれば、多くの暗号資産が証券法の厳しい規制下に置かれ、業界のビジネスモデルは根底から覆される可能性があったため、その行方は固唾を飲んで見守られました。
訴訟取り下げの衝撃とその意味
約1年半にわたる法廷闘争の末、2025年2月、市場に衝撃が走りました。
SECが、コインベースに対する訴訟を取り下げることで、両者が原則的に合意したと発表されたのです。
この突然の展開について、SECとコインベースの発表内容には、顕著な「温度差」が見られました。
SEC側は、訴訟の取り下げ理由を「新たに設置した『暗号資産タスクフォース』での包括的な規制枠組みの検討を促進するため」と説明しました。
そして、「これは訴訟のメリットに関する判断ではなく、政策アプローチを見直すためのSECの裁量に基づくものだ」と付け加え、あくまで戦術的な方針転換であることを強調し、自らの面子を保とうとしました。
一方、コインベース側はこれを「重大な過ちを正すもの」と表現し、「不当な法執行に対する我々の正当性が証明された」として、完全な「勝利」を宣言しました。
この認識のズレは、両者の対立構造がいかに根深いものであったかを示しています。
これは単なる法廷闘争ではなく、規制のあり方を巡る、世論を巻き込んだ「ナラティブ(物語)の戦い」でもあったのです。
この一件は、米国における暗号資産規制が、法執行一辺倒から、より包括的なルール作りへとシフトする転換点になる可能性を秘めていますが、両者の間の緊張関係が今後も続くであろうことも示唆しています。
規制の明確化に向けたCoinbaseのスタンス
コインベースは創業以来、一貫して規制遵守の姿勢をアピールしてきましたが、同時に、既存の法律を無理やり暗号資産に適用するような「執行による規制(Regulation by Enforcement)」には強く反対してきました。
彼らが求めているのは、議会が暗号資産という新しい技術の特性を理解した上で、明確なルールを法律として制定することです。
今回の訴訟取り下げ後も、同社はこのスタンスを崩さず、明確な法整備の必要性を訴え続けています。
これは、同社にとって事業の安定性を確保するための最優先事項であり、業界のリーダーとしてロビー活動などを通じて積極的に働きかけています。
ユーザーから見た信頼性:セキュリティとサポート体制
企業の信頼性を測る上で、規制遵守と並んで重要なのが、セキュリティとカスタマーサポートです。
この点において、コインベースは二つの側面を持っています。
セキュリティに関しては、非常に高い評価を得ています。
創業以来、大規模なハッキングによる顧客資産の流出事件を起こしておらず、その技術的な堅牢性は業界トップクラスとされています。
機関投資家やETFのカストディアンに選ばれていることも、その信頼性の高さを物語っています。
一方で、個々のユーザーに対するカスタマーサポートの体制については、課題も指摘されています。
特に、アカウントのトラブルや不正アクセスが疑われる際に、「サポートからの返信が遅い」「問題がなかなか解決しない」といった不満の声が、海外のコミュニティサイトなどで散見されます。
これは、1億人を超える巨大なユーザーベースを抱えるプラットフォーマーとして、システム全体のセキュリティ(インフラとしての信頼性)を最優先する一方で、個別のユーザー対応(サービスとしての信頼性)にリソースを割ききれていない、というトレードオフの関係にあるのかもしれません。
このサポート体制の強化は、今後の顧客満足度を向上させる上で、同社にとって重要な課題の一つと言えるでしょう。
まとめ:暗号資産経済圏の未来を創る巨人
本記事では、世界最大級の暗号資産金融プラットフォームであるコインベースについて、その会社概要から事業モデル、株価分析、主要サービスの使い方、そして未来戦略に至るまで、あらゆる角度から徹底的に解説してきました。
最後に、この記事で明らかになったコインベースの多角的な側面を要約し、皆様が次の一歩を踏み出すための指針を示します。
コインベースは、もはや単なる「暗号資産取引所」ではありません。
彼らは、自らを以下のような複合的な存在として位置づけています。
金融テクノロジー企業として:
取引手数料ビジネスから、ステーキング、カストディ、ステーブルコインといった安定収益源へと事業を多角化し、暗号資産市場のサイクルに耐えうる強靭な財務基盤を構築しようとしています。
Web3インフラビルダーとして:
L2ブロックチェーン「Base」を開発し、その上で動作するdAppsのエコシステムを「Coinbase Ventures」による投資を通じて育成することで、次世代のインターネットの基盤を構築しようとしています。
業界の代弁者として:規制当局と時には対立しながらも、暗号資産のイノベーションを阻害しない、明確で公正なルール作りを訴え続ける、業界のリーダーとしての役割を担っています。
日本市場からは一時的に撤退したものの、コインベースのグローバルな影響力と、Web3の未来を形作ろうとする野心的なビジョンは、今後も暗号資産業界全体の動向を左右し続けるでしょう。
コメント