「資本主義」という言葉は、ニュースでも学校の授業でも、友人との雑談でも毎日のように耳にします。
それなのに、資本主義とは何かを簡単に説明してと言われると、多くの人が言葉に詰まってしまいます。
自由な商売のことなのか、お金持ちが得をする仕組みのことなのか、使う人によって意味がばらばらだからです。
ここでは、資本主義の意味を一言でつかめる定義から始め、教科書でおなじみの3つの特徴、町のパン屋を使った具体例、学問ごとの定義の違いを順に確かめていきます。
後半では、価格や分業、競争、そして銀行がお金を生み出す仕組みまで、資本主義がどう動いているのかをわかりやすく整理しました。
読み終えるころには、資本主義という言葉が、ぼんやりしたスローガンではなく、自分の暮らしを読み解く道具に変わっているはずです。
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資本主義とは?一言でいえる意味と3つの特徴
資本主義とは、生産のための手段が主に私的に所有され、財やサービスが中央の権力ではなく市場で決まる価格によって取引され、資本の持ち主が利潤を得てそれを再投資し、資本をさらに増やそうとする経済の仕組みです。
この仕組みのもとで働く人の多くは、道具や建物、ソフトウェアや資金を所有する雇い主に、自分の時間と技能を売って賃金を受け取っています。
この一段落には多くの要素が詰まっているため、少しずつ解きほぐしていきましょう。
それぞれの部分が欠かせない役割を果たしていて、どれか一つを取り除くと、それはもはや資本主義とは呼べないものになります。
工場を労働者たちが共同で所有し、協同組合どうしが市場で取引する社会を想像してみてください。
市場はあっても私的所有がないので、これは市場社会主義と呼ばれるものに近くなります。
逆に、領主が土地を持ち、農民が慣習にしたがって労働や収穫の一部を差し出す社会には、私有財産はあっても市場による取引が中心ではありません。
これが封建制です。
さらに、財産も市場もあるけれど、家族が自分たちで使うためにものを作り、余った分だけをときどき売るという社会もありました。
近代以前の世界の多くは、この姿をしていたのです。
資本主義を際立たせているのは、こうした要素の組み合わせです。
とりわけ中心にあるのが、絶え間なく蓄積を求める論理にほかなりません。
お金は、より多くのお金になって戻ってくることを期待して投じられます。
持ち主から見れば、動かずに眠っている資本は無駄にされている資本なのです。
一言でいえば何か
簡単に一言でいうなら、資本主義とは「持ち主がお金を元手にものを作ったりサービスを提供したりして、最初より多くのお金を手にしようとし、多くの人はその持ち主に雇われて暮らしを立てる仕組み」です。
経済学者の多くは、細かな条件を後から付け加えるとしても、出発点としてはこの意味を受け入れるでしょう。
もっと短く、会話で使うなら「私的な持ち主が、市場を通じて、利潤のために動かす経済」で足ります。
この短い表現の三つの部分は、どれも大切な区別を担っています。
「利潤のために」は、自給自足や政治目標のために動く経済との違いを示しています。
「私的な持ち主が」は、国家が企業を指揮する経済との違いを表すものです。
そして「市場を通じて」は、計画担当者が何を作るかを決める指令型の経済との違いを示しています。
「3つの特徴」はどこまで正しいか
中学校の社会科や高校の政治・経済の教科書では、資本主義の特徴を短いリストにまとめるのが一般的です。
英語圏の教科書でも、インドの中等教育の教科書でも、事情はよく似ています。
よく使われるのは、次の3つの特徴、あるいは3つの要素です。
- 生産手段の私有、つまり土地・工場・機械、そして近年では知的財産やデータを私的に持つこと
- 利潤の追求、つまり資本の持ち主に利益をもたらすように生産が組み立てられていること
- 市場での競争、つまり売り手も買い手も競い合う相手を自由に選べ、価格がそのやり取りから決まること
教科書によっては、賃労働か、政府の介入が少ないことを加えて「4つの特徴」とする場合もあります。
消費者や働き手の選択の自由を5つ目に数えるものもあるでしょう。
こうしたリストは科学の法則ではなく、学ぶための道具にすぎません。
資本主義を他の仕組みから区別する点に目を向けさせてくれるので便利ですが、文字どおりに受け取りすぎると誤解のもとになります。
たとえば「政府の介入が少ない」という特徴を考えてみましょう。
しばしば資本主義の本質のように挙げられますが、実際に成功している資本主義国はどこも大きな政府を持っています。
経済協力開発機構の加盟国では、税と社会保険料の負担が国の経済規模のおよそ3分の1に達するのが平均的な姿です。
資本主義とは政府がないことではなく、政府がどれほど大きくても、生産を担う企業の大部分を国が所有し指揮してはいない状態を指します。
町のパン屋で見る資本主義
抽象的な定義は、具体的な場面に置き換えると理解しやすくなります。
ここでは、小学生にも説明できる形で、パン屋を開こうとするロサという女性を例にとりましょう。
ロサには貯金がありますが、店を開くには足りません。
そこで不足分を銀行から借ります。
そのお金で店舗を借り、オーブンを2台買い、小麦粉やバターや砂糖を仕入れ、アシスタントを2人雇いました。
オーブン、賃貸契約、材料の在庫、給料を払うための手元資金、これらすべてがロサの資本です。
高価だから資本なのではありません。
売るための商品を作り、使った以上のお金を得るために使われているからこそ、資本になるのです。
毎朝、ロサと従業員はパンや焼き菓子を焼きます。
値段を決めるのはロサですが、好き勝手には決められません。
2ブロック先のパン屋よりずっと高くすれば、客は離れていきます。
費用を下回る値段にすれば、店はつぶれてしまうでしょう。
つまり、市場価格はロサが命令して決めるものではなく、客の反応を通じて探り当てるものなのです。
月末になると、ロサは売上から給料、家賃、材料費、借入金の利息、オーブンの消耗分を差し引きます。
残ったものがあれば、それが利潤です。
ここでロサは、資本主義のもとで暮らす事業者にとって最も重要な決断を迫られます。
利潤を自分のために使うこともできますし、再投資することもできるのです。
3台目のオーブンを買うか、2号店を開くか、新しい天然酵母のパンを試すか。
もし町の反対側のライバル店が再投資をしてロサがしなければ、やがてライバルはもっと良いパンをもっと安く売るようになるかもしれません。
競争が再投資を促し、再投資が資本主義経済を成長させる。
これが基本の流れです。
一方、アシスタントたちは給料を受け取ります。
オーブンも店も持っておらず、利潤も受け取りません。
いつでも辞めて別の店で働けるという点で、農奴や奴隷とは決定的に違います。
けれども生きていくためには、誰かに雇われて働く必要があるのです。
資本を持つ人と賃金で働く人とのこの関係こそが資本主義の核心だ、と考える研究者は少なくありません。
資本主義の定義を学問別に比べる——資本主義社会とは何か
一言の定義で輪郭がつかめたら、次は角度を変えて眺めてみましょう。
経済学者と社会学者と歴史学者では、同じ資本主義を見ても注目する点が違います。
資本という言葉の意味や、よくある思い込みもあわせて確認しておきます。
学問分野ごとの定義
どんな定義を目にするかは、誰が定義しているかにも左右されます。
学問分野ごとに、光を当てる面が異なるからです。
経済学者は、資源がどう配分されるかに注目します。
経済学の定義では、資本主義とは分散した市場と価格の仕組みが生産と消費を調整し、所有権が持ち主に資源を効率よく使う動機を与える仕組みだと説明されます。
経済学者の問いは、何を、どうやって、誰のために作るのかという点に集まります。
社会学者は、人と人との関係に注目します。
社会学の定義は、生産のための財産を持つ人と、自分の労働を売るしかない人との区別、つまり階級を中心に据えるのが普通です。
さらに、資本主義が育てる制度や規範、たとえば個人主義や「時は金なり」という感覚、生活のあらゆる場面が売り買いの対象になっていく傾向なども分析の対象になります。
歴史学者は、時間とともに起きる変化に注目します。
彼らにとって資本主義は、人間の本性に根ざした不変のものではなく、始まりがあり、いくつかの段階を経て発展し、もしかすると終わりもある仕組みです。
商業資本主義、産業資本主義、金融資本主義、デジタル資本主義といった呼び名は、歴史学者がそうした段階に付けた目印といえます。
辞書は、日常の用法をすくい取ろうとします。
国語辞典の多くは、資本主義を「生産手段を私有する資本家が、利潤を得る目的で労働者を雇って商品を生産する経済体制」といった形で説明しています。
使いやすい定義ではありますが、「体制」という言葉には少し注意が必要です。
資本主義は、自由民主主義から一党支配の国家まで、さまざまな政治体制と共存しているからです。
| 視点 | 中心となる問い | 資本主義が指すもの |
|---|---|---|
| 経済学 | 限られた資源をどう配分するか | 私有財産と市場価格による分散的な調整 |
| 社会学 | 人と人はどう結びついているか | 資本の持ち主と賃金労働者の階級関係 |
| 歴史学 | どうしてこうなり、いつまで続くのか | 段階と転機を持つ、歴史的に特有の仕組み |
| 日常語 | 会話ではどんな意味で使われるか | 国有ではなく、私的に所有され利潤のために営まれる事業 |
資本とは何か、なぜ増え続けなければならないのか
「資本」という言葉は、慎重に扱う必要があります。
日常語では、資本は元手のお金や財産を意味します。
経済学では、ほかのものを生産するために作られた財、つまり機械や建物、インフラ、ソフトウェアを指すのが一般的です。
そして古典派の経済学者からマルクス、さらに現代の社会学へと続く分析の伝統では、もっと狭く動的な意味で使われます。
増えるために動かされる価値、という意味です。
資本主義の本質をとらえるうえでは、この三つ目の意味が最も役に立ちます。
14世紀の農民が持っていた鋤は、経済学の意味では資本でした。
しかしその鋤は、蓄積を迫られる仕組みの一部ではありませんでした。
ロサのオーブンはそうではありません。
お金が生産のための資産に変わり、資産が商品を生み、商品が売られてお金に戻り、そのお金が最初の額を上回ることが期待される。
その循環の一部なのです。
そして循環は、より大きな規模で再び始まります。
資本主義経済が成長を前提とする経済である理由は、ここにあります。
成長しない企業は競争に負けるおそれがあり、見返りを期待できなければ投資家はお金を出しません。
成長が長く鈍ると、失業の増加や投資の落ち込みといった問題が起きやすいことを、経済学者は昔から観察してきました。
資本主義社会という見方
「資本主義経済」ではなく「資本主義社会」という言い方をするとき、人々はもっと広い範囲を思い浮かべています。
資本主義社会とは、市場と利潤の論理が、ものの生産だけでなく社会生活の広い範囲を形づくっている社会のことです。
住まいは主に価格によって割り振られます。
医療の一部は、多くの国で利益を追求する企業によって提供されています。
教育やメディアや娯楽も、ある程度は産業として組み立てられています。
個人の時間でさえ、投資と見返りの言葉で語られることが珍しくありません。
もっとも、資本主義社会のすべてが資本主義的なわけではありません。
家族は互いに代金を請求せずに資源を分け合います。
政府は道路や裁判所や国防といった公共財を提供しています。
寺社や教会、慈善団体、ボランティアの集まりは、別の原理で動いているのです。
資本主義社会を暮らしやすくしているものの多くは、実はこうした市場の外の空間で生まれています。
市場の拡大からこうした空間をどこまで守るべきかは、昔から続く論争の一つです。
多くの思慮深い観察者にとって、資本主義の本質とは、工場や商店の並び方ではありません。
ますます多くのものを売り買いの対象へと変えていく傾向、それこそが本質だと考えられています。
この傾向を、交換の新たな機会を開く解放と見るか、値段をつけるべきでないものに値段をつける侵食と見るか。
捨てておきたい4つの思い込み
資本主義については、よく考えると成り立たない思い込みがいくつも広まっています。
一つ目は、資本主義とは市場のことだという思い込みです。
市場は古代からありました。
バビロニアの商人も、ローマの交易者も、中世の定期市も、交渉で決まる価格による売り買いを行っていました。
資本主義で新しいのは市場そのものではなく、土地・労働・お金にまで市場が広がったこと、そして資本の蓄積を軸に生産が組み立てられたことなのです。
二つ目は、資本主義と民主主義は同じものだという思い込みです。
一方は経済の組み立て方を、もう一方は政治権力の配分の仕方を表しています。
資本主義国の多くは民主主義国ですが、この半世紀で最も勢いのあった資本主義経済のいくつかは、権威主義的な政府のもとで成長しました。
三つ目は、資本主義は自由市場と同じであり、政府が関わればその分だけ資本主義から外れるという思い込みです。
市場は、国家が用意する法律や裁判所や通貨や規制に依存しています。
本当の問いは、政府が関わるかどうかではなく、どのように関わるかなのです。
四つ目は、資本主義は人間の本性そのものだという思い込みです。
確かに人はどの社会でも取引し、値切り、自分の利益を追い求めます。
しかし同時に、分かち合い、協力し、贈り物をし、利潤とは無関係な慣習に従ってもいます。
資本主義は人間のある傾向を引き出し、別の傾向を抑える社会的な仕組みであって、生物学的な事実ではありません。
資本主義を形づくる6つの条件
資本主義とは、以下の条件を満たす、歴史的に特有の経済の仕組みです。
- 生産のための資産の大部分が、私的な個人や企業によって所有されている
- 労働を含むほとんどの財やサービスが、市場で売り買いされている
- 生産は利潤を得るために組み立てられ、その利潤の多くが資本を増やすために再投資される
- 企業どうしの競争が、革新と費用削減と成長を促す
- 多くの人が、賃金や給与を受け取って生計を立てている
- 国家は市場が依拠する法と通貨の枠組みを整えるが、生産そのものを指揮することは一般にない
この定義には、非常に大きな幅があります。
アメリカ、スウェーデン、日本、中国は、いずれもこの条件の多くを満たしていますが、経済の組み立て方はまるで違います。
その多様性は定義の欠陥ではなく、資本主義という仕組みの特徴です。
資本主義の仕組みをわかりやすく——価格・分業・競争
資本主義が何であるかがわかると、次に気になるのは、誰も全体を指揮していないのにこの仕組みがなぜ回るのか、という点です。
その答えは、毎日目立たないところで働いているいくつかの仕組みにあります。
現代の資本主義経済では、毎日何十億もの決定が、誰の指揮も受けずに調整されています。
農家は何を植えるかを決め、工場はどれだけ作るかを決め、買い物客は何を買うかを決めます。
働き手はどの仕事を引き受けるかを選び、銀行は誰にお金を貸すかを判断しているのです。
こうした選択を一つの計画にまとめ上げる委員会は、どこにも存在しません。
それでもスーパーの棚はたいてい品物で埋まり、電車はたいてい時刻どおりに走り、必要な交換部品はたいてい届きます。
資本主義がどう動くのかを理解するとは、これを可能にしている仕組みと、それが壊れる地点を理解することにほかなりません。
価格は信号である
第一の仕組みは価格です。
価格は一度に三つの仕事をこなしています。
希少性についての情報を伝えること、その情報に応じて行動する動機を与えること、そして欲しい人のあいだで品物を割り当てることです。
新型の電気自動車の普及で、電池に使うコバルトという金属の需要が急に増えた場面を思い浮かべてください。
鉱山会社は、政府の指示がなくても、コバルトの価値が上がったことを知ることができます。
価格に表れるからです。
価格の上昇は、生産を増やせば利益が出ると告げるので、会社は新しい鉱山や精錬所に投資します。
一方、電池の技術者は材料費が上がったことで、コバルトを減らした設計を工夫する理由を得ます。
コバルトを多く使う製品を買う側も、使用を控えたり代わりのものを探したりするでしょう。
数年もすれば供給は増え、需要は調整され、価格は再び下がるかもしれません。
何千もの人々が、なぜ価格が動いたのかを知らないまま行動を変えたのです。
この分散した調整こそ、資本主義の実務的な強みです。
誰かがすべてを知る必要はありません。
参加者はそれぞれ手元の情報とたった一つの数字に反応し、その総和が資源のかなり効率的な使い方に近づいていきます。
経済学ではこれを配分の効率性と呼びます。
資源は、人々が最も高く評価する使い道、つまり最も高いお金を払ってもよいと考える使い道へと流れていくのです。
ただし、この最後の言い回しには、この仕組みの大きな死角が隠れています。
市場は価値を「払う意思」で測りますが、払う意思は「払う能力」に左右されるからです。
裕福な家庭の二軒目の別荘への需要は、貧しい家庭が冬に十分な暖房を求める必要よりも、価格の仕組みのなかでは強く響きます。
価格は希少性を効率よく伝えますが、必要そのものは伝えません。
分業と専門化
第二の仕組みは専門化です。
アダム・スミスは『国富論』の冒頭で、ピン工場の有名な例を紹介しました。
一人の職人が最初から最後までピンを作れば、1日にせいぜい20本、慣れていなければ1本も作れないかもしれない、とスミスは書いています。
ところが作業を、針金を引き伸ばす、まっすぐにする、切る、先をとがらせる、頭をつけるために磨くといった約18の工程に分けると、10人ほどの小さな作業場で1日に約4万8000本が作れたというのです。
1人あたりに直せば約4800本で、生産性は200倍以上に跳ね上がった計算になります。
スミスはこの向上の源を三つ挙げました。
一つの作業に集中することで手先が器用になること、作業を切り替える時間の無駄がなくなること、単純な繰り返し作業を機械に置き換える発明が促されることです。
どれも今なお通用する洞察でしょう。
現代のサプライチェーン、つまり部品の調達から製造・販売までの供給網は、ピン工場を地球規模に拡大したものといえます。
ある国で組み立てられるスマートフォンには、別の国で設計され、三つ目の国で製造された半導体が入り、四つ目の国で書かれたソフトウェアが載っているのです。
分業は、資本主義の動き方に決定的な影響を与えます。
すべての人を市場に依存させるのです。
製造工程の一段階だけを一日中担う働き手は、それだけでは食べるものも着るものも住む場所も作り出せません。
生きるためには、自分の専門的な成果や労働を売り、それ以外のすべてを買う必要があります。
分業が細かくなればなるほど、社会生活は交換によって縫い合わされていきます。
競争という規律
第三の仕組みは競争です。
資本主義のもとでは、同じか似た製品を作る企業どうしが客を奪い合います。
この競い合いが、どの企業にも費用を下げ、品質を上げ、何か新しいものを提供するよう絶えず圧力をかけています。
自由競争は、資本主義を正直に保つエンジンだとよく言われます。
値段をつり上げたり粗悪な品を売ったりする企業は、原理的にはライバルに客を奪われるはずです。
より良い製品や安い作り方を発明した企業は、少なくとも他社がまねをするまでのあいだ、市場の取り分と利益を手にします。
どの企業も長くは通常以上の利益を上げられない状態を、経済学者は競争均衡と呼んでいます。
現実には、完全な競争はありえません。
企業はブランドを育て、発明を特許で守り、客を囲い込み、ライバルと合併し、新規参入を難しくする規制を求めて働きかけることで、競争から逃れようとします。
競争と、どの競争者も独占者になりたいという欲求との緊張は、資本主義経済の最も深い力学の一つです。
個人にとって、競争には二つの顔があります。
努力と工夫に報い、より安くより良い品物を生み出してくれる顔が一つ。
そして、遅れをとった企業や働き手を容赦なく押し出す不安定さという顔がもう一つです。
競争の激しい経済で働く人々がよく口にする「止まれないランニングマシンに乗っている」という感覚は、偶然ではありません。
それは市場の規律を内側から体験したときの姿なのです。
資本の循環
価格、専門化、競争の背後には、資本主義経済がなぜこう組み立てられているのかを説明する、より深い循環があります。
経済学者や歴史家は、これを短い図式で表してきました。
お金が商品になり、その商品がより多くのお金になる、という流れです。
循環は、投資家がお金を投じるところから始まります。
そのお金で原材料、機械、エネルギー、そして働き手の労働といった生産の投入物を買います。
投入物を組み合わせて財やサービスを作り、それを売るのです。
うまくいけば、売上は最初に投じた額を上回ります。
その差が利潤であり、その大部分が再投資されて、より大きな規模で循環がもう一度始まります。
この循環が資本主義を躍動させる一方で、壊れやすくもしています。
どの輪もちぎれる可能性があるからです。
投入物が高くなりすぎるかもしれません。
生産が止まるかもしれません。
最もよくあるのは、売上が期待を下回ることです。
客が買わなければ商品は売れ残り、お金は戻らず、企業は投資と雇用を減らします。
ある企業の支出は別の企業の売上であり、ある働き手の給料は別の商売の売上でもあります。
だから一つの循環のほころびは、たちまち多くの循環へ広がっていくのです。
景気後退の多くは、ちぎれた循環が次々と連鎖した結果だと考えられます。
資本主義のお金の流れ——信用創造・インフレ・国の借金
価格と分業と競争は、ものがどう作られ売られるのかを説明してくれます。
一方で、その循環にお金を供給しているのは信用の仕組みです。
インフレや国の借金についてのよくある疑問も、ここを押さえるとすっきり見えてきます。
お金はどこから来るのか
銀行は預金者が預けたお金を貸し出している、と多くの人は考えています。
この理解は、ある重要な点で不完全です。
イギリスの中央銀行であるイングランド銀行の経済学者たちは、広く引用される解説のなかで、現代経済ではお金の大部分が、民間の銀行が貸出を行うときに生み出されていると説明しました。
銀行が住宅ローンや事業資金を貸すとき、誰かの預金を手渡しているわけではありません。
借り手の口座に新しい預金を書き込むのであり、その預金が新しいお金になります。
これを信用創造と呼びます。
この仕組みは、資本主義を理解するうえで大きな意味を持っています。
まず、世の中のお金の量は、銀行が貸したがり、企業や家計が借りたがるときに増え、返済が新しい貸出を上回るときに減ります。
信用は資本主義の付け足しではなく、その血液なのです。
ロサがパン屋を開けたのも借入のおかげでしたが、彼女が借りたお金は、銀行が生み出すまでこの世に存在していませんでした。
次に、借りたお金は利息をつけて返さなければならないので、経済全体は所得を生み続ける必要があります。
借り手は返済のために売上を伸ばさなければならず、これが資本の循環にもともと組み込まれている成長の圧力をさらに強めます。
成長が止まると借金の負担は重くなり、返済不能が相次いで信用が縮むと、単なる減速が危機へと変わってしまうのです。
そして、この仕組みの頂点には中央銀行がいます。
中央銀行は短期金利を上げ下げし、近年の金融危機以降は大量の債券を買い入れることで、銀行の貸出の量に影響を与えてきました。
金利を下げれば借りやすくなって信用は膨らみやすくなり、上げればその逆が起こります。
なぜゆるやかなインフレが前提なのか
信用によって生まれるお金には、もう一つの帰結があります。
現代の資本主義経済は、ゆるやかで持続的な物価上昇、つまりインフレを前提に設計されているのです。
主要国の中央銀行の多くは、消費者物価の上昇率を年2%程度に保つことを目標にしています。
なぜゼロを目指さないのでしょうか。
一つの理由は守りのためです。
物価が下がり続けるデフレは、借金の多い経済にとって危険です。
物価と賃金が下がれば、決まった額の借金を縮んでいく収入から返すことになり、借金の実質的な重さが増していきます。
消費者も、もっと値下がりするのを待って買い物を先送りし、不況を深めかねません。
わずかなプラスのインフレ率は、この落とし穴にはまらないための緩衝材になるのです。
もう一つの理由は柔軟性にあります。
企業が人件費を実質的に抑えたいとき、名目の賃金を下げるのは痛みが大きく、抵抗も強くなります。
ゆるやかなインフレがあれば、実質賃金はより穏やかに調整されます。
ただし批判もあります。
インフレは預金者から借り手へと静かに富を移し、賃上げが物価に追いつかない働き手の購買力を削ってしまうからです。
感染症の流行が収まった後に多くの国で起きた物価高騰は、多くの家計にこのことを実感させました。
国の借金はなぜなくならないのか
これに関連して、多くの人が抱く疑問があります。
なぜ資本主義国の国の借金は、ほとんど返し終わることがないのでしょうか。
答えは同じ信用の仕組みのなかにあります。
政府が発行する国債は、その国で最も安全な資産の一つです。
銀行や年金基金や保険会社は安全な資産を必要としており、中央銀行は国債を売り買いして金利を調節します。
つまり国債は、返済を待つ負担であると同時に、金融の仕組みを支える基盤でもあるのです。
さらに、不況期によく起きるように、民間全体が投資以上に貯蓄したがるとき、政府の借入はその貯蓄を吸収して需要を支えます。
もし政府が借金を急いで全額返そうとすれば、大きな黒字を出して経済からお金を引き揚げることになり、不況を招きかねません。
だからといって、国の借金がいくらでも膨らんでよいわけではありません。
自国で管理できない通貨で多額の借金をしている国や、貸し手の信頼を失った国は、深刻な危機に見舞われることがあります。
それでも、自国通貨で借りている大きな経済にとって、安定した、あるいはゆるやかに増える公的債務は、失敗の印ではなく仕組みの通常の姿なのです。
経済のなかのお金の流れ
経済学の入門書では、資本主義経済のお金の流れを単純な環で描きます。
家計は企業に労働を提供し、賃金や給与を受け取ります。
家計はその所得の多くを財やサービスに使い、それが企業の売上へと変わっていきます。
企業は売上から賃金を払い、他の企業から投入物を買い、貸し手に利息を払い、税金を納め、持ち主に利益を配ります。
その持ち主もまた家計なのです。
この環を複雑にするのが、三つの漏れと注入です。
家計は所得の一部を貯蓄に回しますが、金融機関がそれを投資に振り向けなければ、そのお金は支出の流れから漏れ出してしまいます。
政府は税を集めることでお金を引き出し、財やサービスへの支出や給付によってお金を戻します。
国際貿易では、輸入でお金が出ていき、輸出でお金が入ってきます。
漏れが注入を上回れば支出は縮み、経済は減速します。
注入が漏れを上回れば、経済は拡大するのです。
この循環の図式は、世界中の入門講義で教えられている図にすぎないように見えるかもしれませんが、実際の意味は大きなものです。
企業の投資が落ち込むとなぜ大量の失業が起きるのか、政府支出がなぜ不況を和らげうるのか、ある国の貿易黒字がなぜ他の国の赤字と対になるのかを説明してくれます。
そして、資本主義が独立した取引の寄せ集めではないことも示しています。
誰かの所得は、必ず別の誰かの支出に支えられている、互いに噛み合った仕組みなのです。
歯車の全体像
全体を見渡すと、資本主義はいくつもの仕組みが互いを補強し合うことで動いています。
価格が情報を伝え、専門化が生産性を高める一方で交換への依存を深めます。
競争は企業に革新と費用削減を迫り、資本の循環はお金をより多くのお金に変え、それを再投資へと回します。
銀行は投資を支える信用を生み出し、中央銀行と政府は、インフレを低くかつプラスに保ち、借金が崩壊を招かないよう全体を管理しているのです。
どの仕組みも真空のなかでは動きません。
いずれもルールに頼っています。
契約が守られなければ価格にはほとんど意味がなく、詐欺や談合を禁じる法律がなければ競争はただの無法地帯になります。
お金の価値への信頼がなければ、信用は崩れてしまうでしょう。
資本主義を身近な買い物で確かめてみる
ここまでの内容を自分のものにするいちばんの近道は、今週買ったものに当てはめてみることです。
コーヒー1杯でもスマートフォンの充電器でもかまいません。
それを売った店は誰のものか、作った人は賃金をもらって働いていたのか、と問いかけてみてください。
さらに一歩進めて、もし需要が急に倍になったら値段はどう動くのか、店や機械や輸送を支えたお金はもともとどこから来たのか、と考えてみましょう。
たった一つの買い物についてこれらの問いに答えられれば、同じ問いは国全体の経済にもそのまま広げていけます。
この記事は、資本主義をテーマにした一冊の本の一部を抜粋したものです。
完全版では、中世の商人や東インド会社から産業革命、そして奴隷制と帝国までをたどる、資本主義の誕生の物語を扱っています。
資本主義・社会主義・共産主義の違いの比較や、江戸の堂島米市場から「新しい資本主義」に至る日本の資本主義の歩みにも、それぞれ章を割きました。
さらに、この仕組みを擁護する最も強い議論と批判する最も強い議論を別々の章で検討し、成長の限界と未来の可能性へと話を進めていきます。
さらに深掘りし、資本主義のすべてを網羅した『完全版』

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